アジア女性基金について
今回私はこのレポートで、アジア女性基金についてどのような組織でどのような活動を行ってきたかを説明する。
そしてアジア女性基金に対する批判の立場を紹介し、最後に自分の考察をまとめる。そして、主として大沼保照著『「慰安婦」問題とは何だったのか メディア・NGO・政府の功罪』を参考文献にしていく。
まず、アジア女性基金の要約からはじめる。
1990年代はフェミニズムが大きな力となり、メディアを通じて広範な影響力を持った。
そして、「慰安婦」問題は女性に対する暴力の象徴として日本社会の「歴史意識」が問われた時代である。メディア、NGOは権力者を政府とし批判を行ったが、それが顕著に現れたのが「慰安婦」問題であった。
こうした問題意識の元に、アジア女性基金は村山富市内閣によって作られた。
この組織を立ち上げた一員である大沼保照氏は、組織の立ち上げの際に「日本が戦い、植民地支配した諸外国の被害者に提供される、償いの全国的な仕組みを作るべきだ」と主張している。
それには「政府はもちろん、財界、労働界、マスメディアなどすべてを含んだ、政府と国民総体の事業として戦後補償のための数十億円規模の基金を設立する」という目標が掲げられている。